1994年は、家庭用ゲーム機の世代交代が本格化し、ゲーム業界全体が大きく動いた年です。ソニーの『プレイステーション』とセガの『セガサターン』が相次いで発売され、CD-ROMと3Dグラフィックを標準とする時代が到来しました。アーケードでは『バーチャファイター2』や『鉄拳』など、3D格闘ゲームが主力となり、ポリゴン表...
1993年は、ゲームの表現と構造が大きく変わり始めた年です。任天堂は『スターフォックス』で家庭用ゲーム機にポリゴン表現を導入し、セガは『バーチャファイター』でアーケードに3D格闘を持ち込みました。スクウェアは『聖剣伝説2』でリアルタイムアクションと物語の融合を進め、エニックスは『ドラゴンクエストV』で家族というテ...
1992年は、ゲームの構造が多様化し、企業ごとの方向性がより明確になった年です。スクウェアは『ロマンシング サ・ガ』で自由度の高いRPGを打ち出し、チュンソフトは『弟切草』でノベルゲームという新しいジャンルを確立しました。アーケードではセガが『バーチャレーシング』を投入し、3Dポリゴンによる表現が本格的に始まりま...
1991年は、ゲームの遊ばれ方と語られ方が変化した年です。アーケードでは対戦格闘ゲームの勢いが増し、家庭用ではスーパーファミコン対応の大型タイトルが物語の描き方を塗り替えました。 この年には、カプコン・任天堂・スクウェア・セガ・バンプレストなど、複数の企業が自社の方向性を明確にし、新たな看板タイトルやゲーム構造を...
1990年、ゲームは「次世代」という言葉を、もはや予告ではなく“現物”として提示し始めました。任天堂は『スーパーファミコン』で16ビット時代を本格化させ、NECとハドソンはCD-ROM²で演出の密度を押し出し、SNKは『NEOGEO』でアーケードと家庭用の境界を溶かしにかかります。 一方で、セガは『ゲームギア』で...
1989年、昭和が終わり、平成が始まりました。改元の空気は静かで、どこか慎ましく、けれど確かに「何かが変わる」予感を含んでいました。バブル経済は絶頂を迎え、街には消費と情報があふれ、娯楽は“選ばれる”ものから“選びに行く”ものへと変わりつつありました。 そのなかで、ゲームは「テレビの前に座って遊ぶもの」から、「ど...
1988年、ゲームは「持っているかどうか」ではなく、「なぜそれを選んだか」で語られるようになりました。『ドラゴンクエストIII』の発売日には列ができ、ニュースが動き、警察が出動します。その一方で、遊び方の幅を広げる作品や、次世代を見据えたハードが登場し、ファミコンの終盤と“次の主語”が、同じ地平に並び始めていまし...
1987年のゲーム史。ハードでは最終的に1000万台以上を販売した「PCエンジン」がこの年に発売されました。セガは、前年に海外で展開していた「セガ・マスターシステム」のマイナーチェンジ版を日本で発売。ゲームでは「ファイナルファンタジー」の第1作目が発売された年でした。 NECとハドソンが送り出したPCエンジンは、...
1982年、ゲームは“世界を描く”という力を手に入れました。 アーケードでは『ゼビウス』が“語られない物語”を背景に敷き、 家庭では『ぴゅう太』や『M5』が“遊びと学び”の境界を揺らし始めます。 しかしその裏で、北米市場では“供給過多”と“品質低下”が進行し、 アタリを中心とした家庭用ゲーム産業に崩壊の兆しが見え...
1981年(昭和56年)のゲーム史。 アーケードの熱気は冷めやらず、家庭用ゲームは“選べる時代”へと踏み出しました。 この年、日本では業界団体「JAMMA(日本アミューズメントマシン協会)」が発足し、ゲームセンターが“遊技場”から“産業”へと認識を変えられていきます。 一方アメリカでは、アタリが売れすぎたゲームの...
Toggle 1月 テレビベーダー(エポック社)発売3月 ミステリーハウス(シエラ・オンライン)発売4月 コンピュータTVゲーム(任天堂)発売4月28日 ゲーム&ウオッチ(任天堂)発売7月 アーケード『パックマン』(ナムコ)正式発売その他のアーケード作品 1月 テレビベーダー(エポック社)発売 アーケードの熱狂を...
Toggle 自動機械と電子遊戯の萌芽対話型エンターテインメントの原点『Spacewar!』商業ビデオゲームの誕生とアーケード市場の形成家庭用ゲーム機の登場とカートリッジ交換方式マイクロプロセッサ導入によるゲーム設計の高度化『スペースインベーダー』とビデオゲーム産業の確立 自動機械と電子遊戯の萌芽 コンピューター...
1986年、ゲームは“記録されるもの”になりました。セーブ機能が家庭に届き、プレイヤーは“進める”“戻る”“考える”という体験を手に入れます。 同時に、“物語を追う”“世界を探索する”“スコアを競う”といった多様な遊び方が家庭に根づき始め、 アーケードでは“演出”と“世界観”が急速に進化し、ゲームは“その場限りの...
1985年、ゲームは“動き”と“広がり”を手に入れました。 家庭では『スーパーマリオブラザーズ』が“横に進む”という感覚を定着させ、 アーケードでは『スペースハリアー』や『ハングオン』が“体感”という言葉を現実に変えていきます。 この年、ゲームは“どこまで行けるか”を問い始めました。 1985年を、日付とともに振...
1984年、ゲームは“家庭の中に根づく”と同時に、“外でしかできない体験”を再定義し始めました。 ファミコンは“標準”としての地位を固め、他社ハードはその影に埋もれていきます。 一方アーケードは、操作・演出・構造の再構築を進め、“家庭との差異”を明確に打ち出し始めました。 この年、ゲームは“どこで遊ぶか”ではなく...
1983年、ゲームは“家庭に降りてきた”だけでなく、“再び立ち上がる”準備を始めていました。 アーケードは演出と操作の再編を進め、家庭用は“誰もが遊べる”という思想を現実に変え、 PCでは“作る”と“考える”が静かに広がっていきます。 この年、ゲームは“どこで遊ぶか”ではなく、“どう生きるか”を問われ始めました。...