アーケードの熱狂を家庭に持ち込む試み。
エポック社が発売した『テレビベーダー』は、1978年の『スペースインベーダー』ブームを受けて開発された家庭用専用機である。「あのインベーダーゲームが家庭に出現!」というキャッチコピーとともに登場し、価格は16,500円。ゲーム内容は固定画面型のシューティングで、アーケードの雰囲気を再現することに注力した設計だった。
グラフィックアドベンチャーの起点。
Apple II向けに発売された『ミステリーハウス』は、世界初のグラフィックアドベンチャーゲームとされる。白黒線画による洋館の描写と、テキスト入力による探索操作を組み合わせた構造は、従来の文字情報のみのアドベンチャーに視覚的補助を加えた点で画期的だった。後の『キングズクエスト』や日本の『ポートピア連続殺人事件』などにも影響を与える。
任天堂初の家庭用ゲーム機は“重くて高い”失敗作。
任天堂が発売した『コンピュータTVゲーム』は、アーケードの『コンピューターオセロゲーム』を家庭向けに移植した製品である。内蔵ソフトはオセロのみ、価格は48,000円。重量2kg超の本体と専用ACアダプタという仕様は、家庭用としては過剰であり、商業的には失敗に終わった。任天堂にとっては、後のファミリーコンピュータ開発に向けた試行段階と位置づけられる。
“持ち歩ける遊び”の誕生。
任天堂が発売した『ゲーム&ウオッチ』は、時計とアラーム機能を備えた携帯型液晶ゲーム機である。第1作『ボール』を皮切りに、国内では1985年の『ブラックジャック』まで、海外では1991年の『マリオジャグラー』まで展開された。1タイトル1筐体という構造は、コレクション性と携帯性を両立させ、通学・通勤中の遊戯文化を形成した。
“撃たないゲーム”が世界を席巻する。
ナムコが開発した『パックマン』は、1980年5月のロケーションテストを経て、7月に正式発売された。迷路内のドットを食べながらゴーストを回避するという非暴力的な構造、記号性の高いキャラクターデザイン、パワークッキーによる逆転要素などが評価され、世界的なヒット作となった。アメリカでは“パックマンフィーバー”と呼ばれる社会現象を引き起こし、ゲームがポップカルチャーの一部となる転機を作った。
1980年に登場した注目タイトル。
この年には『クレイジーバルーン』(タイトー)、『ナバロン』(ナムコ)、『プロモナコGP』(セガ)、『ジービー』(ナムコ)など、操作系や視点、演出に新機軸を持つ作品が複数登場している。特に『ジービー』はトラックボール操作を採用し、操作感覚と視点制御の新たな可能性を提示した。
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