『未踏峰への挑戦 アルプス編』は、断崖絶壁に指先だけで挑むロッククライミングの孤独と緊張を、指先のボタン操作に変換した硬派すぎる登山シミュレーション。1997年7月24日にウイネットからPlayStationで発売され、「NET YOU(熱中)」というダジャレめいたブランド名を掲げつつも、死と隣り合わせの極限スポーツを真面目にゲーム化した意欲作として展開されました。

本作の目的は、ヨーロッパ・アルプスにそびえ立つ5つの未踏峰を制覇することです。プレイヤーは登山家となり、事前にルート工作や装備品の選定を行う戦略フェーズと、実際に岩壁を登るアクションフェーズをこなします。最大の特徴は、コントローラーの4つのボタン(□△×○)がそれぞれ登山家の「左手・右手・左足・右足」に対応している点にあります。「右手を離して上の岩を掴み、次に左足を上げて足場に乗せる」といった一連の動作を、プレイヤー自身がボタンの押し順で正確に入力しなければなりません。

この「四肢独立操作」システムは、慣れるまでは非常に操作が難しく、手足が絡まるような珍妙なポーズをとって滑落することも珍しくありません。しかし、体力ゲージや天候の変化、脆い岩場の回避といったシビアな要素が絡み合う中で、リズムよく岩壁を登り切った時の達成感は、実際の登頂に近いカタルシスを与えてくれます。ハーケンを打ち込み、ロープで安全確保を行うといった専門的な技術も再現されており、地味ながらも「一歩の重み」を感じさせる作りとなっています。

「アルプス編」と銘打たれていますが、続編が発売された形跡はなく、本作自体が孤高の存在となってしまった点も味わい深いところです。BGMも風の音だけのストイックな演出が中心で、エンターテインメント性よりもシミュレーターとしてのリアリティ(とシュールさ)を追求した、プレイステーションのライブラリの中でもひときわ異彩を放つ一作です。

『未踏峰への挑戦 アルプス編』は特定の原作を持ちませんが、アイガー北壁やマッターホルンといった実際のアルピニズムの歴史、あるいは夢枕獏の小説『神々の山嶺』などで描かれる、命を賭して高みを目指す登山家の魂をテーマにしています。なぜ山に登るのか、その答えを指先で見つけるためのソフトです。

神々の山嶺 愛蔵版